
今から3年ほど前、「タマちゃん」という写真集が出版された。
東京の多摩川に現れて、その年の流行語大賞にもなった、アゴヒゲアザラシの「タマちゃん」である。
実はこの写真集の約7割の写真が、私の撮影したモノである。
写真集の作者は別に居て、本の上で作者は「監修者」として紹介されているが、写真撮影には一切関わりのない者である。
主に写真を提供?しているのは、私と他にもう一人なのだが、当初、私は写真集に写真を提供したつもりなど、まったく無かったのである。
最初の話では、タマちゃんを題材にした「冒険物語」のような童話を出版したいと言うことで、その作者から、多摩川で撮影したタマちゃんの写真を、本の中で使用したいという依頼が「タマちゃんを見守る会」を通じて、私の所に来た。
その時点での話では、すでに文章は書き上げてあり、出版社にも打診しているとのことであった。
しかし出版社では、時期的なこともあるし、写真がなければちょっと難しいということらしい。
本人は、「良い文章なので、是非出版したい」と言っていた。
私は、それまでも絵本の帯とか、CDのジャケットなどに写真を提供していたので、今回の話もその内容から、ほんの見開き部分に載る、ちょっとした説明的な写真だと思い了解した。
とりあえず、出版社へのプレゼン用にサンプル写真が欲しいと言うことなので、自宅のプリンターでサンプル写真をA4版に印刷し、数十枚、作者の元へ送った。
後日、そのお礼として現金壱万円が作者から送られてきたが、まぁ、印刷の実費として、その時は快く受け取った。
その後、出版社で企画が了承され出版の運びとなり、画像の元データと、サンプルとして自宅プリンター用にレタッチした画像データを出版社に送ることになった。また、写真は私だけではなく、他に数人が提供するとのことであった。
しばらくすると、その童話作者から、写真の比率が当初より多くなってしまい、自分の文章が削られてしまったと聞いた。
それから、写真は「見守る会提供」という形でお願いしたいとのこと。お礼として初版の印税2%を見守る会に出しますとのことであった。
写真は個人が提供するのだが、その時点では、私は見守る会に協力的であったので、その条件で了解した。

その後、数ヶ月してから、発売日が決まり、「関係者で集まりましょう」ということになり、横浜まで出向いていった。
そこには作者、出版社の担当者、写真提供者、タマちゃんを見守る会代表が集まった。
そして、そこで初めて出版される本を見たのだが、見てびっくり!どう見ても写真集ではないか。
しかも、私の写真が表紙で、帯にも使われている。そして、その中身も約7割が私の写真だ。
肝心の文章なのだが、タマちゃんの今までの行動や出来事を、児童向けに記述してあるだけである。
新聞や週刊誌の記事と大差ない内容で、創作性など私には感じられないものであった。
その上、写真も勝手にトリミングしてあるし、コメントなども勝手に書かれている。
印刷に至っては、私が自宅のプリンター用にレタッチしたデータをそのまま使っているようで、色がおかしく出ていたり、ギスギスした印刷になってしまっている。
「なんなんだこれは!こんな話聞いてないぞ!!これのどこが童話なんだ?」
そう思っても後の祭りだった。すでに発売日は明日に迫っていたのだ。
周りの人を見ても、ニコニコして喜んでいるようなので、ここで否を唱える雰囲気ではなくなってしまった。なんとも納得のいかない気持ちでその日は帰宅した。
写真集が発売されると、「良い写真集をありがとうございます」などと、周りのタマちゃんファンからお礼を言われる始末。なんとも複雑な心境だ。
その上、写真集の発売日が、タマちゃんが横浜の帷子川から消えて荒川に現れた時期と重なり、マスコミなども挙ってタマちゃんネタを取りざたしていたこともあり、テレビや新聞社などから出版社に取材の申し込みなどがあり、その要請が私の所にも来たりした。
当然、私はすべてお断りしたし、このまま、こちらの心情をうやむやにするわけにもいかず、出版社に抗議することにした。
すると出版社では、この本の作者には重々、写真の取り扱いに関して、ちゃんと撮影者に了解を受けているのか確認していたとのことであった。だから契約上、その責任は本の上で監修者となっている作者にあるということだった。
そんなワケで、直接作者に抗議をすることとなり、程なくしてその本人から電話が入った。
そこで、今までのいきさつの確認と、私が聞いていた趣旨とは違うこと、写真の取り扱いの不備などを話し、その釈明を求めた。
すると作者は、
「最初から話してありますよ。あなたの勘違いではないのですか」などと言ってきた。
私が、
「何言ってるんです、童話という事ではなかったのですか?」と言い返すと
「そのことは途中で話したはずです。」 「いや、そんな話は聞いてませんし、写真集という形では困ります」「今更そういわれても困るのはこちらです」 「何を言ってるんですか!責任者はあなたではないのか」「あなたは裁判でもする気なんですか?」 「あなたから裁判というのはおかしな話しですね。なにを裁判で争うというのですか?」「・・・・・。」などなど・・・
どうやら、はじめからこの様なことになるのは、うすうすわかっていたようなカンジだ。
そういえば、ゲラ版が出来たら見せてもらうことになっていたが、完成版が出来るまで見せてもらえなかったし、巻末に入れる写真協力のクレジットは「タマちゃんを見守る会」にして欲しいと言うことだったのだが、私が以前、他で写真をパクられた事があるので、個人名を表記して欲しいと伝えたところ、なんか渋っていた。最初から個人的に権利を主張させないようにしていたカンジだ。
電話ではラチがあかないので、後日もう一人の写真提供者と三者で話し合うことにした。
先方は、見守る会の代表者も立ち会ってほしいと言っていたが、写真に関しては個人のモノなので、見守る会の代表は立ち会わないこととなり、数日後、横浜にて話し合いがもたれた。
だがそこでも、先に書いたように、この本の作者は、殆ど確信犯的な持論に終始して話にならない。
そもそも、写真の著作権をまったく認識しておらず、自分の書いた文章が優れていると自画自賛する始末。だったら自分の文章だけで出版すればいいのだ。
しかも、出版社には、写真は買い取ったモノだと説明していたらしい。
そのことを追求すると、以前にプリントのお礼として送られてきた金壱万円が、じつはプリント代ではなく、写真を買い取ったという根拠らしい。。
写真提供者本人を前にして、そんな言い訳するのには呆れてしまった。
たかだか壱万円ぐらいで、写真集の写真を提供するわけないではないか。
個人として無償で提供するのなら、写真の取り扱いも制限があって当たり前なのだ。
それも公益性のない商用の写真集なのだから、商品である写真の使用料がお礼程度で済むわけがない。
この本が創作童話ではなく写真集とわかっていれば、他人の利益ために写真を無償提供する気など、私にはあるはずもないのだ。
それどころか、当の本人は「写真集にしてあげた」くらいの話をしている。
こんな勝手な理屈を堂々と臆面もなくよく話せたモノである。腹立たしさを超えて呆れるばかりだった。礼儀も仁義もあったモノではない。
私としては、出版を差し止めても良いくらいなのだが、もうすでに写真集は発売されてしまっており、マスコミなどでも紹介されてしまっていた。
そんなことで、仕方なく印税の配分でケリを付ける事にして、話し合うこととなった。

この写真集の印税は、出版社との契約上、定価の8%が作者の取り分である。
そもそも、当初は2%が見守る会に当てられる他、2%が巻末に描かれている小さなイラストの作者に。残りの4%が監修者となっている作者に当てられ、写真撮影者は個人的には何もなしなのである。しかも、イラストを描いたイラストレーターは、作者の親族であるらしい・・・。
結局のところ、いいように食い物にされていたわけだな。なんともムカつく話だ!
そこで先方から、見守る会にではなく、撮影者に直接2%でどうかと言ってきた。
一人2%ではなく、撮影者2人まとめて2%である。
即、却下したのは言うまでもない。この期に及んでまったく立場を理解してないカンジだ。
では、イラストレーターを除いて、作者と撮影者で「半々」ではと言ってきた。
それも却下!
写真提供者は2人なのだから、作者4%、撮影者一人に対して2%になってしまう。
この写真集の内容で、作者が、私の倍というのは納得できるワケない。
「じゃあ、どおすればいいのか」と言ってきたので、写真と文章の比率で決めたらどうかと私から提案してみた。誰の写真が何ページ使われているか、文章のページがどれくらいあるかだ。
早速、その場で調べてみると、その殆どのページに私の写真が出てくる。
「これは私の写真。これも私の・・・。これはあなたの文章。次は私の」といった具合にだ。
しばらくすると作者が
「不愉快だ!」と言いだし、調べるのをやめてしまった。
おいおい・・・何を言ってるんだ。
これが現実なのだから、むしろ不愉快なのはこちらの方なのだ。圧倒的に私の写真が多く使用されているのだからな。
でも少しは状況が飲み込めたようで、
「では、私が3%。あなたが3%。もう一方が2%でどうか」と言ってきた。
「これ以上は譲歩できない。それ以上は裁判でもするしかない」とまで・・・??
裁判をするなら印税の配分ではなく著作権侵害でするのだよ。そうすると先方は被告側になって印税の権利なんかなくなり、逆に損害賠償と罰金刑と言うことになる。その辺のところは理解できていないようだ。
挙げ句は、
「写真集なんてたいして売れるモノではないですよ」などと言い出した。
まるで、こちらが金目当てで交渉しているみたいな言い方だ。
そこで私は、
「こんな写真集、売れないほうがいいし、それを望んでるくらいですよ」っと、切り捨てるように言ってやった。
まったく、自分の立場を最後まで理解できてなかったようだ。
しかし、他の写真提供者の立場もあるし、これ以上の話し合いは無理と判断したので、納得はできないが、やむを得ずそこで手打ちにすることにした。

私は趣味で写真を撮ってはいるけど、撮影するに当たってはそれなりのこだわりや、表現方法がある。この写真集のように、撮影者の意図がまったく無視されているのは、とても心外なことなんです。
著作権というと、財産権のことばかり言われがちですが、その他に人格権というのがあり、公表権、氏名表示権、同一性保持権などがそれに当たります。
要するに、写真は撮影者がすべての権利を持っているわけで、その写真を撮影者の承諾なしに、トリミングなどの加工や、撮影者の意図したモノと違った、キャプションやコメントを、第三者が勝手に付け加えてはならないワケです。しかも、表紙になっている私の写真の上に、監修者としてこの作者の名前が表記されているのは、私的には言語道断なんです。
お金だけの問題ではないのですよ。
自己表現したいのなら、自分の力で写真を撮ればいいのだし、それができないのなら、諦めるべきなんです。お手軽に本を出版して利益を得ようというのは、ムシのいい話なんですね。
それに、この写真集のように、それまで無名の作者が出版する本で、最初から著作印税を頂ける契約は、凄く希な話なのだと思います。
これは、タマちゃんという素材と写真があってこそ、出版社が制作から販売まで受け持ってくれたのです。私が聞いたところによると、出版社では当初から写真集としての企画でなければ、このような形での出版は、考えていなかったとのことでした。
通常ならこのような場合、自費で出版して、販売ルートなども自分で交渉しなければいけないのです。売れなくても自己責任というわけですね。
それに、このような写真集で、初版、5000部というのも、かなりの部数だと思います。
タマちゃんのように、社会現象まで起きてしまうような話題性のあるモノに便乗して、ビジネスや売名に利用するのはよくある話で、この写真集の他にも、いろんな話が私のところに来ましたが、どれも他人のフンドシで相撲を取ろうとするモノばかりで辟易としました。
まぁ、日本では著作権に関しては、まだまだ甘くみられているようで、プロだけに適用される法律と勘違いしてるところがあるようです。
それ以後、私は写真の使用要請があれば、その内容をしっかり聞き、使用条件をハッキリ提示するようにしています。
素人なりにも、管理をしっかりしないと、思わぬところで食われてしまいますからね。
まぁ、タマちゃん本人?には、なんの罪も無いですが、私的にはいろんな意味で、今でもムカつく「写真集タマちゃん」なんですよ、これが。
尚、この件に関して、出版社にはなにも責任はありません。
作者との手打ちが済んだ後に、出版社には契約書を改訂して頂き、撮影者の権利を明記してもらいました。出版社はただ、ビジネスとして契約しただけのことで悪意があるはずもなく、責任はあくまで企画を持ち込んだ作者にあるワケです。
また、行きがかり上、写真集の巻末のクレジットには、私が「タマちゃんを見守る会」の会員のように書かれてますが、私は「タマちゃんを見守る会」の会員ではないですし、写真展などに、請われて写真を貸し出した以外には、その活動にはいっさい関知していませんので、誤解のないようにお願いしま〜す。
D100 VR80-400