
その日、現地に着くと、タマちゃんはJRの鉄橋から数百メートル下流の川の中に沈んだり浮いたりしていた。
それまでは、東急東横線の鉄橋付近とJR鉄橋付近の間、約1kmほどの距離を、数時間おきに移動して、たまに水面に顔を出しながら、水中に滞在していた。
そして、たまにJR鉄橋の橋脚の基礎部分に上がろうとして、鉄橋下にやって来たりした。
その時は決まって、鉄橋の下流側から橋脚に近づいてきた。
しかし、橋脚の段差部分と水面の高さが、潮位の影響で上手く合っていなかったりして、なかなか、日中に上陸できずにいた。
この日は、私が現地に着いた頃がちょうど満潮時で、次第に潮が引きはじめる頃であった。
ここ数日の撮影と観察から、潮位の時間とタマちゃんの行動パターンで、この日の日中に橋脚に上陸する可能性が高いと読んでいた。
それは、それまでの数日間、タマちゃんが決まって早朝と昼頃に橋脚に上がろうと試みていたからである。
そしてこの日、お昼近くにちょうど橋脚の基礎部分の段差が、水面に現れるような潮加減なのだ。
その日私は、ちょうど満潮の時間を見計らって現地に入ったワケだ。
タマちゃんも潮位を計るように、鉄橋の下流で待機しているようだった。
現地にはすでに、カメラマン数名と見物人が、タマちゃんの居る辺りの川岸に取り付いていた。
その時、鉄橋下には釣り人が居るくらいで、ほとんど人は居なかった。
私もしばらく、タマちゃんの傍らの川岸から撮影をしていたが、しばらくすると、タマちゃんの行動に変化が見えてきた。
それまでは5分から10分おきに、呼吸のために水面に顔を出していたが、だんだんとその間隔が短くなってきた。
この行動は、定位していた場所から移動する前によくしていた行動だ。
そして、このような行動の後、ふっと沈んだまま出でこなくなったと思っていると、一気に移動しているという行動パターンを今まで繰り返していたのだ。
しかも、この時タマちゃんは、ほんの少しずつ、ジリジリと鉄橋の橋脚の方へ動いていた。
「これはそろそろ、橋脚の方へ一気に移動するな」
そう感じた私は、見切りを付けて鉄橋下へ急いで移動することにした。
鉄橋下に移動すると、そこには釣り人と、下流に居るタマちゃんに気が付かずに、その場所で待っている見物人とカメラマンの、ほんの数名しかいなかった。
この時、タマちゃんはまだ数百メートル下流にいた。
鉄橋下に着いてしばらくすると、タマちゃんを見に来たという親子が私に、タマちゃんの所在を聞いてきた。
「タマちゃんは今、数百メートル下流にいて、そろそろこの鉄橋の下に現れると思いますよ」
私はその親子にそう応えた。
そしてまた数分が経った頃、まだタマちゃんの姿はこの場所からは見えない。
するとその親子連れの父親が、「もしかしたら上流にいるかもしれないな」と言い、上流に向けて歩いていってしまった。
私は、「もう少し待っていればいいのに・・・」とも思ったが、ここへ現れるかもしれないと教えてあげたのに、それを信用しないのだから、引き留める必要もないだろうと思い直した。
そして、また数分が過ぎた時、いきなりタマちゃんは鉄橋のすぐ下流に現れた。
そして程なくして、橋脚の段差部分に手を掛けたのだ。
その時、橋脚の段差部分は、ちょうど水面から少し出てきた頃で、まさに、推測していたとおり、ドンピシャリのタイミングである。
そして、期待していたとおりに、タマちゃんは上陸しはじめたのだった。
勿論、私はベストポジションから、その一部始終を撮影することが出来たのである。
タマちゃんは辺りの様子をうかがいながら、橋脚の段差部分に上陸した。しかし、落ち着かないのか、すぐにまた水中に飛び込んでしまった。
タマちゃんが飛び込んでしまったので、カメラのファインダーから目を外して、辺りを見渡すと、タマちゃんに気が付いた見物人が集まりはじめていた。
さっきの親子が気になり上流の方を見てみると、すでに声が届かないところまで歩いていってしまった。
少し気の毒に思ったが、仕方がない。そして、下流へ視線を移すと、まだカメラマン達はさっきまでタマちゃんが居た辺りの川岸に居て、こちらの様子に気が付いた数名が、三脚を担いで歩き始めたところであった。
こうしてタマちゃんの行動を読んで、先回りしたため、このような写真が撮れたワケだが、このようにタマちゃんの行動を読むことが出来たことが、後に荒川の中流域で滞在しはじめたタマちゃんの行動を追いながら撮影する時に、とても役立つことになったのである。
その詳しい話は、後々に、タマちゃんのその後の行動を思い起こしながら話していくことにしよう。
タマちゃんは橋脚に手両を掛けると・・・
グイッと上体をせり上げて・・・
モゾモゾと脚ヒレで水をケリながら・・・
橋脚の段差の上へ這い上がった。
この時はじめてタマちゃんの全身を見ることが出来て、感激した。このような場面を撮りたかったからだ。
でも、落ち着かないのか、すぐに水中へ飛び込んでしまった。
この後、数回、上がっては飛び込みを繰り返しが、だんだんと落ち着いてきて、最後は一時間以上、上陸して休んでいた。
そしてその間、見物人やカメラマン、テレビ取材班などが続々と押し寄せてきたのである。D100 VR80-400 2002年 多摩川