写真及び文章の、無断転載、コピー禁止

2013年03月11日

あれから2年

P1020862.jpg

あれから2年。
もうなのか、まだなのか、それは人それぞれで感じることは違うのだろう。
自分はジャーナリストではないし、被災当事者でもない。
それでもあのとき、そこへ行かなければならないという漠然とした衝動に駆られて、福島の被災地へ入った。
福島は母親の出身地でもあり親戚も多く、いわき沿岸部のこの場所も、かつて叔母の家があり、小さい頃に遊びに訪れた場所でもある。
震災の二年ほど前に久しぶりに訪れてみたことがあるのだが、そのときはすでに叔母の家もなく、どことなく小綺麗に整った町並みに、小さい頃の記憶がなかなか重ならず、少し寂しく感じたものだった。
しかし、震災後の変わり果てたこの場所に佇んだときには、寂しさや悲しさを越えて、記憶も感情もしばらく停止状態に落ちてしまったかのような衝撃を受けた。
そして、その現状を見て歩くうちに、被災地とそうでない地域との、震災や原発事故における感覚のギャップや風評、根拠のないデマや憶測など、事実とは異なる世迷い言が巷に蔓延していくことに、何とも言えない虚無感を覚えるのだった。

そんな世間の世迷い言に流されず、自分なりに事実を受け入れるために被災地を訪れ、その後の成り行きや推移も記憶にとどめようと、オイラは度々被災地に出向くようになったのだ。
それは被災地のためとか、世間に真実を問うといったような高尚な目的などではなく、ただ自分自身の記憶に刻むことと同時に、行きもせず見向きもせず、ただ自分の感情や思想のためだけに物を言う輩には、なりたくないってことでもある。

たとえ何もできなくても、自らの足でそこへ立ってみることが自分にとっては大事なことで、クルマに備え付けた線量計の数値の変化に憂いを覚えながら、これからも福島をはじめ各地の被災地へ出かけて、その場の空気と時間を肌身に感じていこうと思うのだ。

あれから2年だが、これからもずっと3.11は巡り、終わることも忘れることも自分にはないだろう。


posted by stma at 01:34| 東京 ☀| Comment(0) | 震災 原発 放射線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。