横浜にある某市民団体の催し会場にて、私の写真が展示されているということを聞いた。
私はそんな催しに写真を提供した覚えはないので言われたとおりに調べてみたら、
その団体の人物が運営している掲示板に、その催し会場の様子を写した写真が貼ってあり、その中に私の写真が数点展示されている様子が確かに写っていた。
その写真は数年前にその団体関係の写真展に請われて提供したもので、その後、その団体とお付き合いがあった当時は少なからず写真の展示には了解していたのだが、いまだにその写真が使われているとは思いもしなかった。
そもそも今回の展示も、許可を得る連絡などいっさい無かったし、当たり前だが、その写真の管理をいまだに任せているわけでもない。
こう言っちゃあなんだが、過去にその団体の中の人物の言動に著しく不快な思いをしたことがあり、それ以後、その団体に協賛する気は全くないのである。
以前ブログにも書いた「写真集」に纏わる記事の中でも、その写真集のクレジットに私がその団体に所属しているように表記されているのだが、まったく関与していないとハッキリ記したはずである。
私はその団体が出来る以前から写真を撮っており、その撮影期間の間も、その団体に所属している個人の方々とはお付き合いしたのだが、団体に所属した覚えはないのである。
だから、いまだにその市民団体の催しに私の写真が勝手に展示されるのは甚だ遺憾なことである。
そんなワケでこの件に対してどうしたものか、少し思案してみる必要がありそうだ。
一応、追記しておくが、この市民団体の殆どの個人の方々にはなにも遺恨はないのだが、一部の人物との間には、いまだに不愉快になる事案があったので、今後もこの市民団体に協賛するつもりは一切無いのである。



そのくらいしないと、関係者には自分の「意志」がわかってもらえないと思います。
それと、一部の人物にはその旨をキチンと伝えるべきだと思います。
この場合、多くの人を「悪者」にしてしまいますが、自分自身の気持ちの整理ができれば、そのほうが精神衛生的にも必要かと思います。
僕がその立場でしたら、いま述べたことを実行しますが。
この市民団体には数年前に請われて写真を写真展に出展したのですが、その後も数回、講演や写真展、シンポジウムなどに出展したいということで、その都度了解をしていました。
そのなかで、養護施設や児童施設などで写真を貰い受けたいとの話しなどがあり、私も快く承諾していたのですよ。
その後、出展に提供していた写真は返却されたのですが、全数ではなかったのです。
それは、前記のとおりに寄付された作品もあると思っていたのですが、
まさか、いまだにその団体が保管して使い回していたとは思いも寄りませんでした。
まあ、その当時には個人的に写真を差し上げた方も数多くいるので、個人的にその写真を利用するのは、まったく差し支えないですし、善意でおこなわれることなので、私も何も気にすることもないです。
しかし、出展用に大きくプリントした写真は私の作品そのものであるので、いくら善意のことといえども困りますね。
その上、その団体の会員である一部の人物の言動には黙過できないことがあり、その人物が団体の運営に関わっている限りは、
私がその市民団体に協賛することはあり得ない話しなのですよ。
ただ、その他の人達は善意の方々なので、団体そのものを否定する気もないのです。
私としては、その善意の方々の心を蔑ろにしてしまうのは心苦しくもあるのですが、
ばんどりさんが仰るとおりに、自分の作品に対する信念や管理のためにも、何らかの対応はしなければと考えているところです。
時間が経つと、これまでの経緯を全く知らない(善意の)人たちをも困惑させちゃいますから。
とにかく上手く処理できますように。
このまま作品を一人歩きさせてしまっては、その他の作品も出せなくなってしまいますからね。
作品意図がはき違えられてしまうのは作者にとって辛いことなのですよ。
写真を見てそれぞれに思いを馳せるのは自由なのですがね。
たかが写真、されど写真なんです。
善意の方たちの思い出までも壊さぬように、なんとか上手くやってみます。