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2011年10月21日

荒川にアザラシとな・・・

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あれまぁ、荒川にまたアザラシが迷い込んできて話題になってるみたいだね。
まあ、人目に付きやすい河川にアザラシが居たら、そりゃあひと目見てみたくなるのが人情ってもんだ。
オイラだって、タマちゃんのときには多摩川から荒川まで、ずいぶんと歩き回ってみたからね。
そのとき撮った写真もずいぶんとあるんだけど、今まではほんの一部しか公開してない。
当ブログでも、以前にタマちゃん騒動を総括してみようと思ったんだが、なんだかバカらしくなっちゃったんで、中途半端な状態でそのまま放しちゃったんだ。
東京周辺の河川に2年近くもいたアザラシについては、その行動や生態なんかとても興味深いものがあったんだけど、いかんせん、騒動にまつわる一部の人間模様なんかが、やたら面倒くさいやらげんなりするやらで、思い出すだけでも気が重くなるんだね。
貸し出した写真なんかもいい加減な扱いをされたりして、もう勘弁してくれー!ってな状況だったわけサ。
今回のアザラシも見てみたいけど、きっとあの面々もやってくるだろうから、それを考えただけでも面倒くさくて行きたくなくなるんだよな。
千葉県にやってきたアザラシのときも同様だったんだけどね。
そんなこって、数年に渡って撮り貯めた膨大な数の写真は、HDのコヤシになりつつあったワケなんだ。
んで、今回久しぶりにその写真をズララーっと見直してみたんだけど、途中で眠たくなってしまうほど数が多いのに我ながらビックリ。。
まあ、このとき使っていた初代D100は、アザラシを撮りすぎてぶっ壊れたくらいだからね。
当時はまだデジタルが普及して間もない時期だったから、カメラの性能や耐久性もイマイチだったし、逆光の撮影も多くて画質的にも今よりキビシイものがあったね。
それでも、デジタルの後処理が進化した今、もう一度あのころの写真をリファインしてみると、けっこういける写真も数多いのに気が付いた。
処理には少々時間が掛かるんだけど、あのころの写真もボチボチ見直してみようかなっていう気になってきたんだ。
煩わしい人間関係のために、自分の写真をボツにしておくのも、考えてみればバカバカしいことだしね。
そんなワケで、これからは少しずつ撮り貯めたアザラシの写真も公開しようかな・・・って思うワケなんだ。

まあ、きゃつらが出張ってきている現地には行かないと思うけどね。。


今回の写真は、今アザラシが現れている荒川の同じ場所で撮ったもの。
もう日没近くで辺りもかなり暗くなっていたんだけど、人も少なくてみんな静かにしていたから、アザラシも近くまで来てくれた。
2004年1月の撮影。ちなみに、タマちゃんという呼び方には、いまだに抵抗がある。

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D100  VR80-400

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2007年06月14日

のんびり

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じつに羨ましいと思うのは、私だけではあるまい。

D100  VR80-400
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2007年05月24日

とりあえず・・・

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相変わらず更新が滞って恐縮です。
こんな時には、アザラシの写真でお茶を濁しておきます。
そういえば、タマちゃん撮影記も続編を書かねば・・・。
とりあえず、もうチョットお待ちくだされ。
写真は2005年に千葉県の鴨川で撮影した、ボラを捕食中の野生のゴマフアザラシ(カモちゃん)です。

D100  VR70-200 テレコンx2
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2006年11月25日

こぼれ話 (アーカイブ タマちゃん)

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テレビ取材班の一人が仕事をサボって、タバコを吸いながらタマちゃんを見ていた。
しばらくすると、隣で撮影している私に気が付いて話しかけてきた。
なんでも報道局の人で、前日まで田中真紀子邸の前で24時間張り付いていたそうな。
局に帰ってきたら、「タマちゃんの取材に行ってこい!」 と言われてやってきたそうだ。
「こういうのは報道局の仕事ではないのですがねぇ・・・」 とボヤいていたが、
「まあ、政治家の家の前で張り付いているよりは楽ですけどね」 とか言いながら、「じっさい癒されますよねぇ〜、タマちゃん・・・」 と煙を燻らせながらつぶやいていた。
私はとりあえず 「ご苦労様です」 と言っておいた。



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あるご婦人が、タマちゃんに向かって、「ラッキー、ラッキー!」と呼んでいた。
何事かと思い話を聞いていると、「ラッキー」 とは、自分で飼っている犬の名前なのだそうだ。
そのご婦人が言うには、カワイイ動物はすべて 「ラッキー」 と名付けるのだそうだ。
この頃はまだ、そういった自由があったのだな。



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この河川敷には自転車でアイスキャンディーを売りに来ているおじさんがいた。
タマちゃんが現れてから人出が多くなり、大繁盛したらしい。
いつの間にやらアイスの名前も 「タマちゃんアイス」 となっていたが、アイスキャンディーは今までと同じ普通のモノだった。
値段も最初に見た時より2倍になっていたが、すぐに売り切れていた。
タマちゃんが鉄橋下に上陸した時にもやってきたが、大勢の見物人が静かにタマちゃんの上陸シーンを見守っているところに、「カラン!カラン!カラン!」 と大きな鐘の音を鳴らしながらやって来たので
「うるさい!」 「静かにして!」っと、みんなから叱られていた。
アイス売りのおじさんは、商機を読むことは出来たのだが、場の空気を読むことは出来なかったようだ。
その後、タマちゃんが鶴見川に移動した時、テレビを見ていたら、このおじさが鶴見川でも「タマちゃんアイス」を売っているところが映った。
よく見ると値段はさらに上がっていた。ふらふら
おじさんは満面の笑顔をしていた。

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2006年11月21日

そしてタマちゃんは伝説となってゆく? (アーカイブ タマちゃん)

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さて、しばらく上がったり飛び込んだりを繰り返したあと、やっと気に入ったポジションを見つけて、落ち着きはじめた。
鉄橋の上にはJR横須賀線や貨物列車、並行して東海道新幹線が時たま轟音を立てて通り過ぎていくのだが、タマちゃんはまったくと言っていいほど気にせずに、のんびりとくつろぎはじめた。
この頃には鉄橋下の川岸には、すでに大勢の見物人やテレビ取材班などが詰めかけてビッシリと並んでいた。
タマちゃんも川岸の群衆のざわつきが少し気になるのか、しきりにキョロキョロと様子を窺っているような仕草をする。
特に、子供や女性の出す甲高い声に反応するようだった。それは興味を示すと言うよりも警戒をするような感じだ。
それでいて、頭上を轟音を立てて通過する列車の音は気にしないのだから不思議だ。
たぶん、ちゃんと音を聞き分けていて、安全な音と警戒を要する声などを判断しているのだろう。
それに、この橋脚の段差部分は裏にもあるのだが、なぜ、わざわざ人目に付く川岸側に乗っかるのだろうかと疑問に思っていたのだが、
たぶん、人目に付かない裏側に上がったとしても、川岸から群衆の気配や声がしてくるので、目に見えない分、かえって気になってしまうのだろう。
むしろ相手が見えるところで様子を窺いながら休んでいる方が、警戒しやすいのだろうし、いざという時にも対応しやすいのだろう。

この様なことを勘違いして、タマちゃんが人前に現れるのを見て 「タマちゃんは人間が好きなんだよ!」 と真顔でのたまう人たちも出てきた。そして、「タマちゃんがカワイソウ!」となってくる。
「きっと親とはぐれて迷子になって寂しいんだよ!」 とか、「餌が獲れなくて弱っているんだ!」 とか・・・
「早急に捕獲して保護するべきだ!」 と言うようなことを、巷で騒ぎはじめたのもこの頃からだった。
でも、実際に目の前に居るタマちゃんを見ている限りは、弱っているようには見えないし、このように人前でお腹を見せるような行動を見ると、かなりリラックスしているようにも見える。

とにかく、アザラシに限らず野生動物問題でこの 「カワイソウ」 が出てくると、やっかいなことになってくるのは確かだ。
動物の生態や習性を無視して、人間の感情だけで物事を判断しようとするのである。
優しい心だとか、自然を愛する気持ちだとか、人間側の感情を中心にして語りはじめ、挙げ句は決まって 「人間の責任!」 と、無責任に言い放つのだ。
それに、そのようなことを言い出すのは、実際にタマちゃんを見ているのではなく、テレビ報道やネット情報を元にして言っているのである。
まあ、タマちゃんはテレビや週刊誌などでは恰好のネタになっていたので、在ること無いこといいように書かれていたことにもよるのだが、どうも 「カワイソウ」 ネタだけが大きく膨らみ始めて、この後に 「タマちゃん激痩!」 とか、「暑さで弱っている!」 など、ネガティブな記事が目立ってくるのだ。

そんなことを知って知らずかタマちゃんはこの日、1時間以上も群衆の前で休んだあと、また水中に飛び込んで、夕方までのんびりと川の中で浮いたり沈んだりしていた。
そして次の日、前日のテレビ報道を見たのだろう、今までとは比べようもないほど、大勢の見物人が押し寄せて、テレビの中継車も数台来ていた。
昼頃になると、またタマちゃんはJRの鉄橋下に現れて、橋脚の段差に上がろうとしたが、今までにない多くの群衆がざわめきはじめたためか、あきらめて離れていってしまった。
私も、あまりの人の多さや、前日にタマちゃんの上陸シーンを撮影できていたこともあり、この日はさっさと切り上げた。

私の夏期休暇はこの日が最後だったので、多摩川での撮影はこれが最後であったのだが、この数日後、タマちゃんは忽然と多摩川から姿を消したのであった。
巷では、花火大会があったから音に驚いて居なくなったとか、台風が接近したので避難したのではとか言われているが、花火大会はかなり離れたところで開催されたのだし、台風はタマちゃんが消えた後に来たのだから、どちらも当てはまらないと思うな。
ただ単に飽きたからこの場所を離れていったのかもしれない。
それに、後々の行動でわかってくるのだが、休息するにはあまり都合がよくなかったのかもしれないな。
そして多摩川から姿を消して数日後、今度は数キロ離れた鶴見川に現れ、タマちゃんの再登場に世間はまた大騒ぎになった。
鶴見川は多摩川に比べて、あまり環境がよいとは言えず、水質などは一級河川の中では全国のワースト3に入るほどである。
当然、タマちゃん保護論も勢いを増してきて、行政も巻き込んでのこととなってきた。
そして数日の後、タマちゃんはまた姿を消して、今度は横浜の帷子川に姿を現し、タマちゃんの横浜時代がはじまるのである。

その後の話はまた改めて書くことにしよう。なんたってタマちゃん撮影記のまだほんの序の口だからね。ちっ(怒った顔)


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おぉ、元気だねぇ!



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タマちゃんはアゴヒゲアザラシ。ゴマフアザラシなどに比べると脚ヒレは大きい。



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だいぶリラックスしてきたようだ。



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たしかにタマちゃんはカワイイとは思う。



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身体が乾いて温まれば眠くもなってくる。



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Zzzzz・・・



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って、寝るワケないじゃん!



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ほなぁ、サイナラ!



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そしてタマちゃんは、またさすらいの旅に出て行ったのである! (つづく)

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posted by stma at 01:23| 東京 ☁| Comment(2) | アザラシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

読んで撮る (アーカイブ タマちゃん)

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その日、現地に着くと、タマちゃんはJRの鉄橋から数百メートル下流の川の中に沈んだり浮いたりしていた。
それまでは、東急東横線の鉄橋付近とJR鉄橋付近の間、約1kmほどの距離を、数時間おきに移動して、たまに水面に顔を出しながら、水中に滞在していた。
そして、たまにJR鉄橋の橋脚の基礎部分に上がろうとして、鉄橋下にやって来たりした。
その時は決まって、鉄橋の下流側から橋脚に近づいてきた。
しかし、橋脚の段差部分と水面の高さが、潮位の影響で上手く合っていなかったりして、なかなか、日中に上陸できずにいた。

この日は、私が現地に着いた頃がちょうど満潮時で、次第に潮が引きはじめる頃であった。
ここ数日の撮影と観察から、潮位の時間とタマちゃんの行動パターンで、この日の日中に橋脚に上陸する可能性が高いと読んでいた。
それは、それまでの数日間、タマちゃんが決まって早朝と昼頃に橋脚に上がろうと試みていたからである。
そしてこの日、お昼近くにちょうど橋脚の基礎部分の段差が、水面に現れるような潮加減なのだ。

その日私は、ちょうど満潮の時間を見計らって現地に入ったワケだ。
タマちゃんも潮位を計るように、鉄橋の下流で待機しているようだった。
現地にはすでに、カメラマン数名と見物人が、タマちゃんの居る辺りの川岸に取り付いていた。
その時、鉄橋下には釣り人が居るくらいで、ほとんど人は居なかった。
私もしばらく、タマちゃんの傍らの川岸から撮影をしていたが、しばらくすると、タマちゃんの行動に変化が見えてきた。
それまでは5分から10分おきに、呼吸のために水面に顔を出していたが、だんだんとその間隔が短くなってきた。
この行動は、定位していた場所から移動する前によくしていた行動だ。
そして、このような行動の後、ふっと沈んだまま出でこなくなったと思っていると、一気に移動しているという行動パターンを今まで繰り返していたのだ。
しかも、この時タマちゃんは、ほんの少しずつ、ジリジリと鉄橋の橋脚の方へ動いていた。
「これはそろそろ、橋脚の方へ一気に移動するな」
そう感じた私は、見切りを付けて鉄橋下へ急いで移動することにした。

鉄橋下に移動すると、そこには釣り人と、下流に居るタマちゃんに気が付かずに、その場所で待っている見物人とカメラマンの、ほんの数名しかいなかった。
この時、タマちゃんはまだ数百メートル下流にいた。
鉄橋下に着いてしばらくすると、タマちゃんを見に来たという親子が私に、タマちゃんの所在を聞いてきた。
「タマちゃんは今、数百メートル下流にいて、そろそろこの鉄橋の下に現れると思いますよ」
私はその親子にそう応えた。
そしてまた数分が経った頃、まだタマちゃんの姿はこの場所からは見えない。
するとその親子連れの父親が、「もしかしたら上流にいるかもしれないな」と言い、上流に向けて歩いていってしまった。
私は、「もう少し待っていればいいのに・・・」とも思ったが、ここへ現れるかもしれないと教えてあげたのに、それを信用しないのだから、引き留める必要もないだろうと思い直した。

そして、また数分が過ぎた時、いきなりタマちゃんは鉄橋のすぐ下流に現れた。
そして程なくして、橋脚の段差部分に手を掛けたのだ。
その時、橋脚の段差部分は、ちょうど水面から少し出てきた頃で、まさに、推測していたとおり、ドンピシャリのタイミングである。
そして、期待していたとおりに、タマちゃんは上陸しはじめたのだった。
勿論、私はベストポジションから、その一部始終を撮影することが出来たのである。

タマちゃんは辺りの様子をうかがいながら、橋脚の段差部分に上陸した。しかし、落ち着かないのか、すぐにまた水中に飛び込んでしまった。
タマちゃんが飛び込んでしまったので、カメラのファインダーから目を外して、辺りを見渡すと、タマちゃんに気が付いた見物人が集まりはじめていた。
さっきの親子が気になり上流の方を見てみると、すでに声が届かないところまで歩いていってしまった。
少し気の毒に思ったが、仕方がない。そして、下流へ視線を移すと、まだカメラマン達はさっきまでタマちゃんが居た辺りの川岸に居て、こちらの様子に気が付いた数名が、三脚を担いで歩き始めたところであった。

こうしてタマちゃんの行動を読んで、先回りしたため、このような写真が撮れたワケだが、このようにタマちゃんの行動を読むことが出来たことが、後に荒川の中流域で滞在しはじめたタマちゃんの行動を追いながら撮影する時に、とても役立つことになったのである。
その詳しい話は、後々に、タマちゃんのその後の行動を思い起こしながら話していくことにしよう。


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タマちゃんは橋脚に手両を掛けると・・・



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グイッと上体をせり上げて・・・



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モゾモゾと脚ヒレで水をケリながら・・・


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橋脚の段差の上へ這い上がった。



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この時はじめてタマちゃんの全身を見ることが出来て、感激した。このような場面を撮りたかったからだ。



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でも、落ち着かないのか、すぐに水中へ飛び込んでしまった。
この後、数回、上がっては飛び込みを繰り返しが、だんだんと落ち着いてきて、最後は一時間以上、上陸して休んでいた。
そしてその間、見物人やカメラマン、テレビ取材班などが続々と押し寄せてきたのである。


D100  VR80-400  2002年 多摩川
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2006年11月10日

少々お待ち下さい (アーカイブ タマちゃん)

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只今、仕事が立て込んでいて、更新が遅れてます。
すんません。もうやだ〜(悲しい顔)
もう少々お待ち下さい。

D100  VR80-400  2002年 多摩川
posted by stma at 00:50| 東京 ☀| Comment(0) | アザラシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

タマちゃんの全身が見てみたい (アーカイブ タマちゃん)

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タマちゃんを撮影し始めて数日が経ったが、未だに水中にいるタマちゃんしか撮影できていない。
テレビ報道などでは、JR鉄橋の橋脚の基礎部分にタマちゃんが上陸して休んでいる映像を流していた。
しかしそれらの映像は、夕方から夜間にかけての、辺りが暗くなってからのモノが多かった。
それは、明るい内は警戒心から上陸するのを躊躇っていることもあるが、他にも理由があるようだった。
それは、潮の干満である。
多摩川といえども、ここは河口から十数キロほどの距離にある、河口から最初の堰堤のすぐ下なのだ。
そのため、潮の干満の影響で、水面の高さがかなり変化するのだ。

撮影初日の早朝も、橋脚の基礎部分にタマちゃんはやって来たが、その時は満潮時で橋脚の基礎の段差部分は、水中に没していた。
基礎部分に上がってはみたものの、身体はまだ半分ぐらい水の中であった。
そのため、タマちゃんはあきらめて、すぐに離れていってしまった。
橋脚に上陸するには、潮の干満の関係から、満潮から潮が引き始めて、ちょうど基礎部分の段差が水面から出てくる頃が良いタイミングということだ。

その後は、たまに背中を水上に出したり、水中に透けて見える胴体ぐらいしか撮影できない。
やはりここまで来たら、橋脚に上陸した全身の写真を撮りたいと思うワケだ。
ここまで、数日間の撮影と観察から、上陸しそうな日時がだいたい推測できてきた。
そして、その推測がドンピシャリと当たって来るのだった。

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段差に上がっては見たものの、まだ半分水の中。



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仕方なく背中を出しながら離れていく。



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背中だけでなく全身が見てみたいんだよな。

D100  VR80-400  2002年 多摩川
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2006年11月01日

節度とモラル (アーカイブ タマちゃん)

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この頃はまだ、見物人にも節度とモラルがちゃんと存在していた。
だからタマちゃんも、ノンビリとしているようだった。
節度とモラルが欠けていたのはテレビ取材班ぐらいだった。
このようなネタを扱うテレビ番組 (ワイドショー系) の取材班は特にいい加減なものだった。
子供を使った「タマちゃ〜ん!」のかけ声は、100%ヤラセであるのはもちろんだが
あることないこと、よくもそこまで作り話が出来るモノだと感心した。

それに、このような現場に必ず現れる、知ったかおじさん。
はじめて来たような見物人をつかまえて、得意満面に解説しはじめる。
実際にはあり得ないことまで、語りはじめるのだ。

タマちゃんはこの後、あちらこちらと放浪することになるのだが
タマちゃんが現れる現場には必ずと言っていいほど、ご当地の知ったかおじさん(おばさん)が現れるのだった。
そして、知ったかぶっていい加減なことを言い、周りからシカトされるのだった。
それでも懲りずにテレビ取材班なんかをつかまえて、アルことナイこと吹いて回る。
そんなワケで、ワイドショーなどで流れるタマちゃん情報は、いい加減で信憑性のないモノになっていったのだ。

そういえば、少し前に「タマちゃんの記録」みたいな題名の本が出版されているのを見たが
その内容は、マスコミの記事をスクラップして並べただけで構成されており
作者本人は多摩川で一度だけ、遠くから米粒ほどのタマちゃんを見ただけと書いてあった。
当然その内容は信憑性のないモノであるが、こんな本が出版されるのにもビックリした。
そもそも、マスコミ記事のスクラップを集めて出版するってぇ・・・問題あるんじゃないの?

まあ、そんなところにも、節度とモラルが無いってワケだね。



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この頃はタマちゃんも見物人もノンビリしたモノだった。

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2006年10月30日

多摩川 (アーカイブ タマちゃん)

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東京都と神奈川県の境を流れる多摩川は、かつて河川の公害汚染の代名詞になるほど汚れていた。
しかし近年では、その汚染を克服し、天然アユなどが多数遡上するようになり、蘇った川として注目されるようになった。
そこへタマちゃんが現れて、益々注目されることとなったワケだ。
確かに、多摩川の水質は以前と比べて、格段に改善されてきた。
タマちゃんにも悪影響は何もはなかったが、川の色を見ると、まだまだ清流と呼ぶには程遠い。
タマちゃんが現れた当時は、河川の環境問題などにも注目が集まり、タマちゃんをキャラクターとした、河川清掃活動なども催された。
しかし、タマちゃんが居なくなった今は、そのような活動はしているのだろうか?

まあ、タマちゃんをきっかけにして、自然環境や野生動物問題に意識を持ち始めた人も多いようだが
その中には、かなり事実誤認をした人たちが存在するのも確かだ。
そしてこの後に、「タマちゃん現象」 となって現れるのだった。


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タマちゃんが可哀想という観点から、環境問題や野生動物問題を考えはじめると、間違った自然観を持ってしまうようだ。

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2006年10月26日

シャッターチャンス (アーカイブ タマちゃん)

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アザラシが水面から顔を出している写真はどれも同じような感じになってしまう。
まあ、アタマしか出てないのだからしかたがない。
そんな中でも、たまにチョット違った動きを見せることもあるのだね。
その時にすかさずシャッターが押せるかどうかが、良い写真を撮る条件になってくる。
そして、観察していくうちに、行動や瞬間的な動きなども予測できるようになってくるのだ。
そうなれば、先回りして良いポジションから待ちかまえて撮影することも出来るので
当然、良い瞬間をとらえることが出来るのだ。

まあ、どれが良い瞬間なのかは、撮影者それぞれの感性で決めるのだがね。
やたらめったらシャッター切っているだけでは、良い写真は撮れないってことだ。

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おっ! なんか違うぞっと感じた瞬間にシャッターを切ると・・・


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こんな瞬間を撮ることが出来るのだ。

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2006年10月25日

海坊主 (アーカイブ タマちゃん)

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この写真を見れば 「海坊主」 の正体が、アザラシであることは疑う余地もない。

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2006年10月23日

あれから4年 (アーカイブ タマちゃん)

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早いもので、あれから4年も経った。
私がタマちゃんをはじめて撮影したのは、多摩川に現れて数日後のことだった。
その時はすでにTVで報道もされおり、夏休み時期と重なったこともあって、見物人もずいぶんと来ていた。
でもこの頃はまだ、タマちゃんを真面目に撮影していたカメラマンは、あまり居ないようだった。
ちょこっと見に来て、記念撮影していくぐらいの人が多かったみたいだ。
まあ、そのぶん現場が荒れてなくて撮影しやすかったのも事実だ。
意外と知られていないが、タマちゃんが人前に現れていた全期間中、見物人のマナーが一番良かったのは多摩川時代なのだ。
タマちゃんもストレスをあまり感じていなかったようで、見た目にも綺麗で一番カワイイ時期だった。

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D100  VR80-400  2002年 多摩川
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2006年10月21日

タマちゃん  (アーカイブ タマちゃん)

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タマちゃんの写真はずいぶんと撮影したけど、いろんな経緯があって、ブログではあまり公開してこなかった。
多摩川から荒川まで、たぶん2万ショットぐらい撮影している。
世間のほとぼりも冷めたことだし、そろそろチョットずつ公開してもイイ頃かな。

D100  VR80-400  2002年 多摩川
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2006年08月29日

想定内

徳島に滞在していたアゴヒゲアザラシの「ナカちゃん」が死亡した。
解剖して死因を調べたそうだが、直接の死因はハッキリしなかったようだ。
しかし、遺体となって発見された時の状況から、大体の推定は出来るはずだ。
まず、発見されたのが川の中州であったこと。
発見当時、頭部に何らかの損傷があり、出血した痕があったこと。
数日前までは、何ら異常がなく泳いでいたこと。
以上のことだけでも、生存中に何らかの事故に巻き込まれたと推定できる。

報道などでは、頭部の損傷が生存中に受けたものか、死後に受けたものか判断できないと言われているようだ。
しかし、アザラシなどは水中で死亡すると、浮かずに海底に沈んでしまうことが多い。
そうなると、死後に水中で事故に遭って頭部が損傷するとは考えにくいし、死後すぐに、あの巨体が中州に打ち上げられるとも考えにくい。
それに、死後に水中で負った傷ならば、それほど出血しないだろうし、傷口も水で洗われてしまうだろうから、出血痕もなくキレイなはずだ。
発見された時に出血の痕があったというのなら、傷を負った時点では心臓が動いていたことになる。
中州に上陸後にそのような傷を負うとは考えにくいので、やはり水中で何らかの事故に遭ったと考えるのが自然であろう。

以上のことから、少なくともアザラシは水中で何らかの理由で傷を負って、自らの意志で中州に上がり、その後少しの間は生存し、何らかの原因で死亡したと考えられる。
直接の死因はハッキリしなかったのだろうが、頭部に負った傷が、かなりのダメージになったのは確かだと思うな。
報道の中には、疲労と暑さによるショック死の可能性があるという記事もあるが
ショック死というなら、現時点では、外傷性ショック死と考える方が現実的なような気がするな。

まあ、そのうちにもっとハッキリした死因などもわかってくるのかもしれないが、
いずれにしても、人里近くに現れた野生動物の顛末としては、私の中では「想定内」の出来事ではある。
このようなことは、一年以上も前に 「麻痺した距離感と緊張感」 という記事に書いているので、読んでもらえばわかると思う。

これが私の現時点での見解だ。
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2006年07月12日

アザラシは卵から生まれない

今日、ネットニュースを見ていたら 「卵からアザラシ? 児童が指摘」 という記事が出ていた。
徳島の小学生が、地元にアゴヒゲアザラシが現れたのをきっかけにアザラシについて学習していたところ
北海道にある製菓会社の商品に使われているパッケージに、アザラシが卵から生まれてきたようなイラストが描かれているのに疑問を感じ、その製菓会社に、「アザラシはほ乳類なので卵から生まれるのはおかしいのでは?」というような手紙を出したそうだ。

実際は、そのイラストは製菓会社の製品に使われるキャラクターだそうで、「アザラシは海のほ乳類で卵は産みません」というただし書きが、包装紙などに印刷されているそうだ。
しかし、小学生が見た商品には印刷されていなかったようで
製菓会社では小学生からの手紙を読み、子供に誤解を招かせてはいけないということで
今後はしっかりと包装紙などに、ただし書きを印刷するという改善策を、児童らに告げたということだ。

イラストがキャラクターであったということはさておき、
小学生たちがちゃんとアザラシについて学習していたことがエライですな。
大の大人たちが、ひょっこり現れた野生のアザラシに好き勝手なイメージを抱いて騒いでいるのとは大違いだ。
小学生たちに、このダメな大人たちの教育をしてもらいたモノだね。
アタマ悪い大人が多すぎるよ、ホント。


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アタマが悪い大人たちのためにアザラシがやって来るワケではナイ!

D100  VR70-200 テレコンx2
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2006年03月29日

タマちゃんの死角

DSC_1028.jpgタマちゃんが泳いできた!

DSC_1029.jpg桟橋の下にきたけど・・・

DSC_1030.jpg橋脚の鉄骨が水面下にあるよォー!

DSC_1031.jpgどすん!
ほ〜ら ぶつかったぁ。

アザラシが水面に顔を出しているときは、水面下のモノはよく見えていないようだ。
このようなときに、天敵であるシャチなどが近づいてきても、アザラシには見えないのだろう。
シャチもその事がわかっていて、水面に呼吸をしに上がっているアザラシを、死角を突いて真下から襲うのかも知れない。

また逆に、水中から水上を見る場合も、光の屈折の関係でよく見えない角度がある。
氷上でシロクマが、氷に開いたアザラシの呼吸穴の脇に待ち伏せている場合があるが、アザラシからはシロクマがよく見えず、うっかり顔を出してしまい襲われるケースもあるのだろう。

このことから、アザラシにとって水面付近は死角の多い「デンジャラスゾーン」であることがわかる。
だから水面上に顔を出すのは、時に命懸けだったりするのかもしれないな。

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こんなにでっかい鉄骨も、水面下にあると見えないんだな。がく〜(落胆した顔)
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2006年03月18日

お宝写真?

DSC_0284.jpg
長〜く、堅苦しい話題の後なので
お口直しに、秘蔵のお宝写真を公開しま〜すぅ。

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posted by stma at 19:29| 東京 ☁| Comment(2) | アザラシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

写真集「タマちゃん」

tama0041.jpg

今から3年ほど前、「タマちゃん」という写真集が出版された。
東京の多摩川に現れて、その年の流行語大賞にもなった、アゴヒゲアザラシの「タマちゃん」である。
実はこの写真集の約7割の写真が、私の撮影したモノである。
写真集の作者は別に居て、本の上で作者は「監修者」として紹介されているが、写真撮影には一切関わりのない者である。
主に写真を提供?しているのは、私と他にもう一人なのだが、当初、私は写真集に写真を提供したつもりなど、まったく無かったのである。

最初の話では、タマちゃんを題材にした「冒険物語」のような童話を出版したいと言うことで、その作者から、多摩川で撮影したタマちゃんの写真を、本の中で使用したいという依頼が「タマちゃんを見守る会」を通じて、私の所に来た。
その時点での話では、すでに文章は書き上げてあり、出版社にも打診しているとのことであった。
しかし出版社では、時期的なこともあるし、写真がなければちょっと難しいということらしい。
本人は、「良い文章なので、是非出版したい」と言っていた。
私は、それまでも絵本の帯とか、CDのジャケットなどに写真を提供していたので、今回の話もその内容から、ほんの見開き部分に載る、ちょっとした説明的な写真だと思い了解した。
とりあえず、出版社へのプレゼン用にサンプル写真が欲しいと言うことなので、自宅のプリンターでサンプル写真をA4版に印刷し、数十枚、作者の元へ送った。
後日、そのお礼として現金壱万円が作者から送られてきたが、まぁ、印刷の実費として、その時は快く受け取った。

その後、出版社で企画が了承され出版の運びとなり、画像の元データと、サンプルとして自宅プリンター用にレタッチした画像データを出版社に送ることになった。また、写真は私だけではなく、他に数人が提供するとのことであった。
しばらくすると、その童話作者から、写真の比率が当初より多くなってしまい、自分の文章が削られてしまったと聞いた。
それから、写真は「見守る会提供」という形でお願いしたいとのこと。お礼として初版の印税2%を見守る会に出しますとのことであった。
写真は個人が提供するのだが、その時点では、私は見守る会に協力的であったので、その条件で了解した。
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その後、数ヶ月してから、発売日が決まり、「関係者で集まりましょう」ということになり、横浜まで出向いていった。
そこには作者、出版社の担当者、写真提供者、タマちゃんを見守る会代表が集まった。
そして、そこで初めて出版される本を見たのだが、見てびっくり!どう見ても写真集ではないか。
しかも、私の写真が表紙で、帯にも使われている。そして、その中身も約7割が私の写真だ。
肝心の文章なのだが、タマちゃんの今までの行動や出来事を、児童向けに記述してあるだけである。
新聞や週刊誌の記事と大差ない内容で、創作性など私には感じられないものであった。
その上、写真も勝手にトリミングしてあるし、コメントなども勝手に書かれている。
印刷に至っては、私が自宅のプリンター用にレタッチしたデータをそのまま使っているようで、色がおかしく出ていたり、ギスギスした印刷になってしまっている。
「なんなんだこれは!こんな話聞いてないぞ!!これのどこが童話なんだ?」
そう思っても後の祭りだった。すでに発売日は明日に迫っていたのだ。
周りの人を見ても、ニコニコして喜んでいるようなので、ここで否を唱える雰囲気ではなくなってしまった。なんとも納得のいかない気持ちでその日は帰宅した。

写真集が発売されると、「良い写真集をありがとうございます」などと、周りのタマちゃんファンからお礼を言われる始末。なんとも複雑な心境だ。
その上、写真集の発売日が、タマちゃんが横浜の帷子川から消えて荒川に現れた時期と重なり、マスコミなども挙ってタマちゃんネタを取りざたしていたこともあり、テレビや新聞社などから出版社に取材の申し込みなどがあり、その要請が私の所にも来たりした。
当然、私はすべてお断りしたし、このまま、こちらの心情をうやむやにするわけにもいかず、出版社に抗議することにした。
すると出版社では、この本の作者には重々、写真の取り扱いに関して、ちゃんと撮影者に了解を受けているのか確認していたとのことであった。だから契約上、その責任は本の上で監修者となっている作者にあるということだった。
そんなワケで、直接作者に抗議をすることとなり、程なくしてその本人から電話が入った。
そこで、今までのいきさつの確認と、私が聞いていた趣旨とは違うこと、写真の取り扱いの不備などを話し、その釈明を求めた。
すると作者は、「最初から話してありますよ。あなたの勘違いではないのですか」などと言ってきた。
私が、「何言ってるんです、童話という事ではなかったのですか?」と言い返すと
「そのことは途中で話したはずです。」
 「いや、そんな話は聞いてませんし、写真集という形では困ります」
「今更そういわれても困るのはこちらです」
 「何を言ってるんですか!責任者はあなたではないのか」
「あなたは裁判でもする気なんですか?」
 「あなたから裁判というのはおかしな話しですね。なにを裁判で争うというのですか?」
「・・・・・。」などなど・・・
どうやら、はじめからこの様なことになるのは、うすうすわかっていたようなカンジだ。
そういえば、ゲラ版が出来たら見せてもらうことになっていたが、完成版が出来るまで見せてもらえなかったし、巻末に入れる写真協力のクレジットは「タマちゃんを見守る会」にして欲しいと言うことだったのだが、私が以前、他で写真をパクられた事があるので、個人名を表記して欲しいと伝えたところ、なんか渋っていた。最初から個人的に権利を主張させないようにしていたカンジだ。
電話ではラチがあかないので、後日もう一人の写真提供者と三者で話し合うことにした。
先方は、見守る会の代表者も立ち会ってほしいと言っていたが、写真に関しては個人のモノなので、見守る会の代表は立ち会わないこととなり、数日後、横浜にて話し合いがもたれた。
だがそこでも、先に書いたように、この本の作者は、殆ど確信犯的な持論に終始して話にならない。
そもそも、写真の著作権をまったく認識しておらず、自分の書いた文章が優れていると自画自賛する始末。だったら自分の文章だけで出版すればいいのだ。
しかも、出版社には、写真は買い取ったモノだと説明していたらしい。
そのことを追求すると、以前にプリントのお礼として送られてきた金壱万円が、じつはプリント代ではなく、写真を買い取ったという根拠らしい。。
写真提供者本人を前にして、そんな言い訳するのには呆れてしまった。
たかだか壱万円ぐらいで、写真集の写真を提供するわけないではないか。
個人として無償で提供するのなら、写真の取り扱いも制限があって当たり前なのだ。
それも公益性のない商用の写真集なのだから、商品である写真の使用料がお礼程度で済むわけがない。
この本が創作童話ではなく写真集とわかっていれば、他人の利益ために写真を無償提供する気など、私にはあるはずもないのだ。
それどころか、当の本人は「写真集にしてあげた」くらいの話をしている。
こんな勝手な理屈を堂々と臆面もなくよく話せたモノである。腹立たしさを超えて呆れるばかりだった。礼儀も仁義もあったモノではない。
私としては、出版を差し止めても良いくらいなのだが、もうすでに写真集は発売されてしまっており、マスコミなどでも紹介されてしまっていた。
そんなことで、仕方なく印税の配分でケリを付ける事にして、話し合うこととなった。
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この写真集の印税は、出版社との契約上、定価の8%が作者の取り分である。
そもそも、当初は2%が見守る会に当てられる他、2%が巻末に描かれている小さなイラストの作者に。残りの4%が監修者となっている作者に当てられ、写真撮影者は個人的には何もなしなのである。しかも、イラストを描いたイラストレーターは、作者の親族であるらしい・・・。
結局のところ、いいように食い物にされていたわけだな。なんともムカつく話だ!

そこで先方から、見守る会にではなく、撮影者に直接2%でどうかと言ってきた。
一人2%ではなく、撮影者2人まとめて2%である。
即、却下したのは言うまでもない。この期に及んでまったく立場を理解してないカンジだ。
では、イラストレーターを除いて、作者と撮影者で「半々」ではと言ってきた。
それも却下!
写真提供者は2人なのだから、作者4%、撮影者一人に対して2%になってしまう。
この写真集の内容で、作者が、私の倍というのは納得できるワケない。
「じゃあ、どおすればいいのか」と言ってきたので、写真と文章の比率で決めたらどうかと私から提案してみた。誰の写真が何ページ使われているか、文章のページがどれくらいあるかだ。
早速、その場で調べてみると、その殆どのページに私の写真が出てくる。
「これは私の写真。これも私の・・・。これはあなたの文章。次は私の」といった具合にだ。
しばらくすると作者が「不愉快だ!」と言いだし、調べるのをやめてしまった。
おいおい・・・何を言ってるんだ。
これが現実なのだから、むしろ不愉快なのはこちらの方なのだ。圧倒的に私の写真が多く使用されているのだからな。
でも少しは状況が飲み込めたようで、「では、私が3%。あなたが3%。もう一方が2%でどうか」と言ってきた。
「これ以上は譲歩できない。それ以上は裁判でもするしかない」とまで・・・??

裁判をするなら印税の配分ではなく著作権侵害でするのだよ。そうすると先方は被告側になって印税の権利なんかなくなり、逆に損害賠償と罰金刑と言うことになる。その辺のところは理解できていないようだ。
挙げ句は、「写真集なんてたいして売れるモノではないですよ」などと言い出した。
まるで、こちらが金目当てで交渉しているみたいな言い方だ。
そこで私は、「こんな写真集、売れないほうがいいし、それを望んでるくらいですよ」っと、切り捨てるように言ってやった。
まったく、自分の立場を最後まで理解できてなかったようだ。
しかし、他の写真提供者の立場もあるし、これ以上の話し合いは無理と判断したので、納得はできないが、やむを得ずそこで手打ちにすることにした。
DSC_0700.jpg

私は趣味で写真を撮ってはいるけど、撮影するに当たってはそれなりのこだわりや、表現方法がある。この写真集のように、撮影者の意図がまったく無視されているのは、とても心外なことなんです。
著作権というと、財産権のことばかり言われがちですが、その他に人格権というのがあり、公表権、氏名表示権、同一性保持権などがそれに当たります。
要するに、写真は撮影者がすべての権利を持っているわけで、その写真を撮影者の承諾なしに、トリミングなどの加工や、撮影者の意図したモノと違った、キャプションやコメントを、第三者が勝手に付け加えてはならないワケです。しかも、表紙になっている私の写真の上に、監修者としてこの作者の名前が表記されているのは、私的には言語道断なんです。
お金だけの問題ではないのですよ。

自己表現したいのなら、自分の力で写真を撮ればいいのだし、それができないのなら、諦めるべきなんです。お手軽に本を出版して利益を得ようというのは、ムシのいい話なんですね。
それに、この写真集のように、それまで無名の作者が出版する本で、最初から著作印税を頂ける契約は、凄く希な話なのだと思います。
これは、タマちゃんという素材と写真があってこそ、出版社が制作から販売まで受け持ってくれたのです。私が聞いたところによると、出版社では当初から写真集としての企画でなければ、このような形での出版は、考えていなかったとのことでした。
通常ならこのような場合、自費で出版して、販売ルートなども自分で交渉しなければいけないのです。売れなくても自己責任というわけですね。
それに、このような写真集で、初版、5000部というのも、かなりの部数だと思います。

タマちゃんのように、社会現象まで起きてしまうような話題性のあるモノに便乗して、ビジネスや売名に利用するのはよくある話で、この写真集の他にも、いろんな話が私のところに来ましたが、どれも他人のフンドシで相撲を取ろうとするモノばかりで辟易としました。
まぁ、日本では著作権に関しては、まだまだ甘くみられているようで、プロだけに適用される法律と勘違いしてるところがあるようです。
それ以後、私は写真の使用要請があれば、その内容をしっかり聞き、使用条件をハッキリ提示するようにしています。
素人なりにも、管理をしっかりしないと、思わぬところで食われてしまいますからね。
まぁ、タマちゃん本人?には、なんの罪も無いですが、私的にはいろんな意味で、今でもムカつく「写真集タマちゃん」なんですよ、これが。

尚、この件に関して、出版社にはなにも責任はありません。
作者との手打ちが済んだ後に、出版社には契約書を改訂して頂き、撮影者の権利を明記してもらいました。出版社はただ、ビジネスとして契約しただけのことで悪意があるはずもなく、責任はあくまで企画を持ち込んだ作者にあるワケです。

また、行きがかり上、写真集の巻末のクレジットには、私が「タマちゃんを見守る会」の会員のように書かれてますが、私は「タマちゃんを見守る会」の会員ではないですし、写真展などに、請われて写真を貸し出した以外には、その活動にはいっさい関知していませんので、誤解のないようにお願いしま〜す。

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2006年02月27日

挟み撃ち!

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前にもカモちゃん。
後にもカモちゃん。
「カモちゃんズ」の挟み撃ち攻撃に、お兄さんも足がヨタッてしまい
思わずシャツまではみ出してしまった・・・のかぁ?

D100  VR80-400
posted by stma at 18:44| 東京 ☁| Comment(2) | アザラシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

カモちゃん

  DSC_4346.jpg
   どっちがァ?
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2005年07月20日

麻痺した距離感と緊張感

DSCN1439.jpg DSCN1448.jpg DSCN1441.jpg 
今年も、千葉県の鴨川市の海岸にゴマフアザラシがやって来た。
このアザラシは、去年もこの場所に現れて、換毛期が終わるまで滞在した。
同じ場所に現れたのだから、ココが安全だと判断しているのだろう。
だが、いくら安全だといっても、野生動物なので周囲の警戒を怠ってはいけないのだ。

しかし、この日アザラシは砂浜から防波ブロックを上りはじめ、ズラリと並んで見物していた人間に分け入るようにして、天辺まで上り詰めてしまった。
このアザラシは若い個体なので好奇心旺盛なのであろうが、これはイイ判断ではない。
上の道路は車道ではないけれど、バイクや自転車、たまに許可を得た自動車も通るのである。
砂浜に居るアザラシにも、それらは見えていたと思う。
事実、バイクや自転車が通ると首を伸ばして警戒し、不穏な動きをする人間にも反応して海へ逃げ込むこともあったからだ。

しかし、連日見物人が押し寄せてくるので、徐々に慣れてしまったのかもしれないが
野生動物が人間を警戒しなくなるのは、その個体にとっては危機的なことなのである。
人間の中にはこれを野生動物と人間の融和みたいに考え、自らも動物に近づこうとしたり、
慣らしてしまおうとしたりする者も現れる。
この状況で、このアザラシがどのように学習したのかは不明だが
人間は安全だと思いこんでしまったのなら、この先、生存していく上でリスクを背負ってしまったのかもしれない。
それは過去に人間を恐れない動物達が辿った運命を考えればわかるはずだ。
不用意に船舶や車両に近づいて事故に遭ってしまったり
つい最近も、人に慣れて一緒に泳ぐようになったイルカが、何者かに背中を銛で刺されて死んでしまった事件もあった。

また最近では、熊や猪、猿などの中に、人間を恐れない個体が現れ
人里に頻繁に下りてきたり、町中を走り回ったりする現象も起こっている。
人間と野生動物の生活域と棲息域が密接になって、重なり合っている場所では軋轢が生じ、事件、事故も起きているのだ。
なぜ、人間を怖がらなくなったのかは、まだはっきりしていないが
人間も野生動物も、お互いの距離感と緊張感が麻痺しつつあるのは確かなようだ。
人間社会と自然界がうまく調和して行くには、お互いに適切な距離感と緊張感が必要なのだ。
それがあれば、同じ地域に暮らしていても棲み分けが成り立ち、人と野生動物は共存していけるのかもしれない。
勿論、棲息に足りる自然環境が必要なのは言うまでもない。

まあ、このアザラシが、陸上で交通事故に遭ったり、事件に巻き込まれず
今年も無事に換毛期を終えて、この場所を離れたのは幸いだったと思う。

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オイオイ・・・ふらふら
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2005年06月27日

タマちゃん?

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先週から、荒川で「タマちゃんを見た」というような話題が、ごく狭い世間で騒がれている。
事の始まりは、「息子がタマちゃんらしいモノをみた」というメールが河川事務所に入ったことによるらしい。
それから、「私も見た」「夜にボートに乗っていた」「2頭並んで泳いでいた」などなど・・・、
後からどんどん、話が湧いて出てくる。
テレビなどで、それらしいという写真やビデオを紹介していたが、
どれも断定できるモノではない。
そもそも、タマちゃんだとして、それを断定(同定)できる人ってどれほど居るのだろうか?
タマちゃんが確かに居た当時、滞在していたボート周辺で、
川の中にいるタマちゃんを探していても、
まるで見当違いな方向を指して「あっちに居る!」と誰かが言えば、
「あ、本当だ。間違いない!」と続く人たち。
まったく違うところに浮上しているタマちゃん。
「こっちに居るよ」と心の中でつぶやきながら、写真を撮っている自分。
荒川でよく見られた光景です。
その人たちが間違えて見ていたモノのベスト3は、「水鳥」、「ゴミ」、「幻」
「幻」はとくに、期待が高まるとよく見えたようです。
タマちゃんが自らやってくる、ボート周辺でも、そのような状況ですから、
下流域で行動中のタマちゃんを捜すのは、その人たちには無理かもしれません。
でも、長い間ちゃんと観察していて、わかる人には、ちゃんと見つけられるのです。
そういう人ほど、ぱっと見ただけで判断せずに、慎重に状況を把握して確認します。
「カワイイ、カワイイ」とばかり言っていた方々には、たぶん解らんでしょう。
近くにいても見えないのに、探し出すのは不可能でしょうね。
今回も、見たのは他の動物なのかもしれないし、「幻」かもしれません。
ちなみに、私はタマちゃんの見分け方、探し方は知っていますが、
意地悪なので、教えてあげませ〜〜ん。パンチ

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うしろにいるよ〜。




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